じぃ(私の父)が亡くなって10日、気持ちも仕事も少し落ち着いてきましたので、なぎがふと『じぃ』の事を思い出したくなった時のために、どんな存在でどんな想いで接し過ごしてきたのかを、書き留めさせていただきたいと思います。
じぃが最初に倒れたのは、もう15年も前のこと。
最初は脳血栓、数年後には脳溢血、さらに数年後には脳梗塞でと度々倒れては救急車で運ばれ、意識が無くなる状態まで落ちたこともあったんだよ。
その都度、体に不自由さは残りながらも、家に帰ってきてくれたんだ〜。
だけど糖尿病を患っていていたから、いくつもの合併症を起こし、人工透析をしなければいけない体となってしまい、仕事を辞め自宅での長い療養生活が始まったのね。
だから、なぎが生まれた時はもちろん、成長していく姿を見守ってくれていたじぃは、布団で寝ているかコタツに座ってテレビを見ている時間がほとんどだったよね。
それでもなぎにとっては、大好きで大事で最高の遊び相手だったんんだよね(^^)
朝起きて、最初に挨拶を交わすのは、もちろん「じぃ」。
1階に降り、「じぃ、おはよう。」と声をかけ、じぃの座っているコタツの目の前に座り込み、私が朝食を運んでくるのを待ちながら、会話をするときもあれば、しないときもある。そんなじぃの目の前がなぎの特等席。
だけどじぃは、週2回デイサービスを利用し、週3回透析を受ける病院へ通院しているので、うっかり寝坊すれば、 もうすでにじぃの姿がそこにはなくなっていて、そうなると一気になぎの食事ペースが落ちちゃうから困ったよ(^^;
逆に早く起きた日は、じぃのお見送りをするのがなぎのお役目。
足が不自由なじぃが待っている間座るための椅子を、なぎが運んで、お迎えの車が来るまで横に並んで待っていたんだよね。
なぎが先に出る時はもちろん「じぃ、行ってきま〜す!」と大きな声で 必ず声をかけていたんだね。
保育園から帰ってきて、かぁが帰ってくるまでの間、ばぁが夕食の支度やお庭仕事で忙しいときは、 じぃが遊び相手になってくれたよね。
キャッチボールの相手をしてくれる事も鬼ごっこの相手をしてくれるような事もなかったけど、 カルタやすごろくの相手は、じぃが一番!!
「じぃ、スゴロクしよ〜。」「じぃ〜、カルタしよう。」
「おう。もってこい。」
なぁんて、仲良く始めたくせに、お互い負けず嫌いだから、言い争ったり、手を叩いたり(>。<)
それでも最終的には、じぃが譲ってくれたんだよね。
だけどテレビのチャンネル争いは、譲ってくれないことが多かったよね〜。
大泣きして、私のところにくるから「そんなに見たいなら別のテレビで見ればよいでしょ。」と言っても、答えは決まって「ヤダ!!」
見たい番組と、じぃの隣、どちらも譲れないから、じぃのいる部屋で見たい番組を見なければ気がすまなかったんだよね(^^)
そう、じぃは、決して「優しい人」とは言えなかったね。
厳しくて、口うるさくて、人を見下すようなところがあって・・・、
だからかぁは、小さい頃からじぃが大嫌いだった。
大人になって、ここまで育ててくれたことへの感謝の気持ちや、尊敬する気持ちが芽生えても、やっぱりあんまりうまのあう間ではなかったんだよ。
そんな私とちがって、なぎはどんなに怒られたって、泣かされたって、じぃが好きな気持ちは変わらなかったね。
寝る前には、どんなに眠くたって、一度2階に上がった後だって、じぃの顔見て「おやすみなさい。」
をかかさなかったね。
かぁのおじいちゃんは、朝起きたら亡くなっていたし、おばあちゃんは、仕事から帰ってくる前に倒れ意識が無くなり、3年後になくなった時、私は最後に話したのがいつだったのか、ずっと悩み、目の前にある離れに住んでいたというのに、その日が最後でなかったことをとっても後悔していたから、なぎにはずっと言い続けてきたんだよね。
「なぎたん、明日はもう挨拶が出来ないかもしれないから、ちゃんと今日しておきなさい。」と・・・。
でもきっと、なぎはそう言われたからじゃなくて、大好きなじぃに挨拶しないで寝るなんてこと出来なかったんだよね(^^)
ブドリさんがプレゼントしてくれた絵本にも書いてあっがんだよね。
大好きな気持ちは思っているだけでなく、言葉に出して伝え、大切に思っている気持ちは行動にしてあらわさなければいけないことが。
「じぃ、なぎたんは、じぃが死んじゃったら寂しいから、困るから、タバコはやめてね。」
「じぃ、じぃの体に、生の果物は良くないんだって。だから食べちゃダメなんだよ。」
「じぃ、なぎたんが小学生になるまで生きていてね。だけど小学生なるまで生きていられたら、もっともっと長生きしてね。」
「じぃ、なぎたんのあめあげるよ。アイス食べる?」
「じぃ、ちゃんとお薬飲まなきゃダメだよ。なぎたんが飲ませてあげるよ。」
「じぃ、はいこれどうぞ。」「じぃ・・・、じぃ・・・。」
怒られたり怒ったり、喧嘩したり言い合ったりすることがあってもやっぱり大好きなじぃ。
時にはいたずらしたり、意地悪したりもするけれど、それでも誰よりもじぃに優しく接してきたのは、なぎだったね。
今年の夏以降、急に食欲が落ち、見る見る間に体力がなくなり、動けなくなっていったじぃ。
そんなじぃに元気になってほしくって、また遊んで欲しくって、たくさんの言葉をかけたよね。
じぃもなぎのことが大好きだから、ばぁやおばちゃんやかぁが薬を飲ませようとしても食事を食べさせようとしても「要らない。」と言っていたけど、なぎがお願いすると、頑張って食べて、薬も飲んでくれたんだよ。
もう、本当に辛くなって声を出すのも大変だった時だって、なぎがふすまを開けて「おはよう」の声をかければ、「おぅ」とにっこり笑顔を見せてくれていたんだよね。
そんな姿を見ていたら、かぁだって、出来ることはしなきゃと思って、嚥下が辛そうだったから背中にまわって支えてあげて、介助してあげたら飲み込むことが出来た時、とっても嬉しかったんだよ。
食の専門家の免許を取らせてくれたじぃに、恩返しできる事がわかったんだもん。
だから、翌日からも、食事のサポートにつこうと思っていたのに・・・、
その夜、なぎが深い眠りの中にいるとき、意識がなくなり救急車で運ばれたんだよ。
それが10月26日月曜日の事・・・。
新しい梗塞が出来たのではなく、今までは徐々につまりつつあっても、流す元気があったけど、ここにきてなくなってしまったからなんだって。
今までずっとずっと頑張ってきて、もう限界すぎていたからなんだって。
きっとなぎが、毎日毎日成長している姿を見ていたら、じぃも頑張らずにいられなかったんだろうね。
これから先のなぎの成長も見ていたかったんだろうね。
じぃは最後の最後まで、なぎたんのお願いを聞いて頑張ってくれていたんだね。
その後、お見舞いに行けば、しっかり目を開けて見せてくれたり、見慣れた大あくびを見せてくれていたから、そのまま意識が戻ることは無いといわれても、じぃの暖かい手や顔をもう少しの間感じていられる事にホッとしていたんだよね。
だから、遺漏の手術の日程を決め、これから長くなってもすぐに会いにいけるような転院先の病院を探していたのに・・・。
11月5日 朝 なぎが37.6分の熱を出しました。保育園ではインフルエンザが流行っていたので、念のためお休みして病院に行く支度をしていたら、一度仕事に出たバァが、慌てて帰ってきたね。
「じぃの様態が急変したから、急いで病院に来てくれって電話があって・・・。」
と言うから、折り返しじぃが入院している病院に電話したら、「様態が急変したけど、急ぐほどではない。」と言われたので、とりあえず、インフルエンザだったらじぃのお見舞いにもいけないからと、先に掛かりつけの病院に行って診てもらったらったんだよね。
結果は陰性だったから安心して用事を済ませていると、バァと一緒に一足先にじぃの病院に向かっていたおばちゃんから「急いで病院に来て」との電話がはいったので、その足で病院へ向かたね。
隣町まできていたので、病院に着くまで30分。どうにかじぃの命のある内に・・・、との願いもむなしく、着いた時には、息を引き取った後だったんだよ・・・。
その後、看護婦さんが支度をしてくれて、目の前に姿を見せてくれたじぃは、とっても穏やかな優しい顔で、「かっこいい」と思えるほど、良い男の顔で永い眠りについていたよ。
「なぎたん、じぃ死んじゃったんだよ。でもまだやわらかいよ。手もちょっと暖かいかな。今のうちにいっぱい触って、お別れしようね。」
「本当だ、頭すべすべだね。耳たぶ柔らかいね。
じぃ、じぃ、いっぱい遊んでくれてありがとうね。じぃ、ありがとう。じぃ、バイバイ。」
なぁんてなぎがじぃにかける言葉に、大人たちは涙を流さずにいられなかったよ。
きっとじぃも、なぎに最後に会いたくて、なぎの体にちょっといたずらをしに来たのかもね。
じぃにお別れしたら、もう熱はなくなっていたんだもん。朝発熱して、昼には熱が下がるなんて、じぃが呼んでいたとしか思えないよ。
亡くなってから、葬儀の日まで、間が開く事になったのも、じぃがもう少しなぎたんのそばにいたかったからかもしれないね。
なぎもそう思っていたのかな。いや、なぎも大好きなじぃの側に、ずっとずっといたかったんだよね。
告別式のその日まで、幾度と無く顔や頭を触り、お線香をあげ、気付けばじぃの寝ているお部屋にいたもんね。
最後のお別れをするその瞬間まで、何度も何度もじぃの顔を見ていたね。
そんななぎと一緒にじぃの顔を見ていたら、不思議不思議、じぃの顔がどんどん穏やかな優しい顔になっていったんだよ。
きっと体が軽くなって嬉しいのかもね。ちょっと離れた所からなぎを見て笑いかけているのかもね。
うん、間違いないよ!!じぃはなぎが大好きだったもん。いや今もきっと大好きだから、遠い遠いお空の上から、時にはなぎの隣にそっと寄り添いながら、いつだってなぎを見ているよ。
なぎを支えてくれているよ。
だからなぎも、毎日じぃに話しかけようね。じぃのそばで遊ぼうね。じぃの想い出を語ろうね。
これからもずっと、ずっと、なぎや家族、親族、お友達、じぃのことが大好きだった皆みんなの心の中にずっとずっと生き続けているからね(^^)
なぎが大好きだたじぃを、ずっとずっと大好きでいようね。そしてたくさんのお礼を言おうね。
「じぃ、ありがとう。ここまで育ててくれてありがとう。支えてくれてありがとう。たくさんのアドバイスをありがとう。おかげで今、こうしてしあわせな人生をおくることが出来ています。
お父さん、64年間お疲れ様でした。そしてありがとう。 大好きです。」
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